




15回目を迎えるSOU(JR総持寺駅アートプロジェクト)は、ポーランドのふたりのアーティストを紹介します。 今回の「SOU」では、ポーランドの歴史と文化的環境を「ポーランド」の語源のひとつと言われる「野原」と例え、またアーティストが表現を獲得するためのフィールドや表現を生み出すための源泉と捉え、次の時代を担うポーランドの女性作家たちによる多様な表現を紹介します。 今回、アダム・ミツキェヴィチ・インスティテュート(IAM、2000 年に設立されたポーランドの文化・国家遺産省傘下の海外におけるポーランド文化の紹介をする文化機関)との連携で行われます。
エディタ・フル
Edyta Hul
1986年生まれ、ポーランド・ワルシャワ在住
私の油絵はいつも、数時間向き合っている間に、一息に制作されます。一見して単純に描かれた作品に近づいた時、用いられている技術、ぱっと見ただけではわからない多層性や深み、そして非常に滑らかな表面に鑑賞者が気づき、驚いてもらうのが目的です。私にとって重要なのは、描かれる形式に重さがないことによって生み出される効果です。制作の軽やかさ・素早さにより、瞬間の印象を捉えてそれを保ち、絵の中で自分のエネルギーや意図を表すことが可能になると思います。※1
エディタ・フル
エディタ・フルの作品は、人間を中心とする視点から離れ、生命の循環や自然の力強さを描き出している。彼女の制作プロセスは、絵画の下地を幾層にも重ねた上で、一気にモチーフを描き込むという独特の手法を取る。このアプローチは、作品に奥行きと重厚感を与え、鑑賞者に自然の根源的な美しさを気づかせる。フルの作品は、私たちに自然の生い茂る様を思い起こさせる一方、優れて抽象的な形態は同時に普遍的な視点で語りかける力を持っている。フルによれば、彼女の作品は「成長、例えば都市の空きスペースの占有、成長や拡張だけでなく、死、衰退、枯れを引き起こす過成長も連想させる。拡大は栄養と生殖を求めて生命を賭けた戦いでもある」。1 フルの制作プロセスは、細部への徹底的なこだわりと実験精神によって特徴づけられている。特にキャンバスの下地作りに注力し、非常に滑らかな表面を得るまで薄い層を10回以上重ねる作業は、彼女の絵画における基盤そのものである。この工程で使用される油絵具やアクリル絵具の層は、絵画表面に奥行きと複雑さを与える役割を果たし、最終的な作品に深みと立体感を生み出す。 彼女の絵画は初期段階では抽象的なアプローチを取りつつ、制作が進むにつれてその抽象表現が徐々に背景へと後退する。背景に注力する姿勢は、絵画に奥行きと動的な空間感覚を与えたいという彼女の意図に由来している。作品を床に置き、絵の具を流すことなくフラットに塗る技法も、彼女が追求する均質な質感と集中力を象徴している。 フルの作品からは、人間中心主義への挑戦が見てとれるだろう。植物のモチーフは通常、装飾的な役割に留まることが多いが、フルはそのような認識を覆し、有機物や組織、自然界からの未定義の形態などに注目することで、人間を主人公とする物語構造からの脱却を試みている。一方で、彼女の絵画が彼女自身の感情や思考を反映し、一種の瞑想から生まれてくる即興的な要素も兼ね備えている。彼女の作品は制作日その日の心情や考えを反映しており、そのため全てがユニークな仕上がりとなっている。 フルの一連の作品は彼女自身の探求と実験の結晶である。制作過程では、完成形を厳密に計画せず、スケッチも作成しない。これにより、創作がもたらす予想外の結果に驚きを感じられる余地を残している。彼女は「イメージに導かれる」瞬間に創作の醍醐味を見出し、抽象形態の追求を継続することで、自然の寓話を生み出そうとしている。フルの創作における探求は、常に新しい表現形式への追求と進化の連続である。※2

Hunt
キャンバスに油彩とエナメル
1800×1500mm
2024年制作

Sabbath
キャンバスに油彩とエナメル
1600×1300mm
2024年制作

Untitled
キャンバスに油彩とエナメル
1700×1300mm
2024年制作
ルジャ・リトヴァ Róża Litwa
1982年生まれ、ポーランド・ワルシャワ在住
私の絵は、多くの試みの結果です。紙の上で生まれます。紙はすぐに絵の具を吸収するため、修正はできません。
出来上がったものは、受け入れるか、拒否するかです。これはアクション・ペインティング(身振りによる抽象絵画)で、鍛錬を重ねても、絵の具と手をコントロールすることはできません。
数回、または十数回も繰り返して挑戦することがよくあります。
何を目指しているかは、だいたいわかっています。絵を描く前にはスケッチをします。素描をしながら、自分が言いたいことを表現してくれる形やしるしを探します。
選んだテーマが、私にとって、また他の人にとって重要であることが大切です。
原則として、内容はかなり普遍的で、常に人間に焦点を当てています。
私は身体と精神を持ち、世界に何らかの形で関わっている個々の人間に興味がありますが、家族や社会といったより複雑なしくみにも関心を持っています。これらのしくみが、お互いにどのように影響し合っているか、そして神話、社会的役割、信念を始めとする力が、人間にどのように働きかけているかを観察しています。
2024年の代表作は、家族について、自立した母と子供たちについての作品です。これは私自身が育った環境ですが、他の多くの人にも共通する経験です。私の家やその他多くの家からから溢れ出る真実は、広く信じられている、家族についての家父長制的な物語とは矛盾します。
私は親密さ、優しさの歴史とともに、家族の成員に課せられた困難や、彼らを結びつける責任についての物語を伝えたかったのです。
責任には、年も性別も関係ありません。ある時には母親が子どもを背負い、ある時には子どもが母親を背負います。そして時には4人全員がお互いに支え合い、タコの形をした、一つの統合体を作ります。
2017年の作品は、「何かより大きなもの」に直面した時、それが私たちに与える影響、依存や無力感について語っています。この「何かより大きなもの」は壮大な歴史や文化、またはより小さな例では、家族の神話や、家族内で支配的な人物でもあり得ます。
当時、私はこの影響のしくみについての一連の作品を制作しました。※1
ルジャ・リトヴァ

無題
紙に油彩
420×594mm
2024年制作

無題
紙に油彩
420×297mm
2017年制作

無題
紙に油彩
594×420mm
2024年制作
※1 日本語翻訳:アダム・ミツキェヴィチ・インスティテュート/柴田恭子
※2 「ポーランド現代美術の状況とエディタ・フル(Edyta Hul)およびルジャ・リトヴァ(Róża Litwa)の位置づけ」より抜粋/加須屋明子(京都市立芸術大学教授)
アダム・ミツキェヴィチ・インスティテュートとは
アダム・ミツキェヴィチ・インスティテュート(Adam Mickiewicz Institute、略称 IAM)は、ポーランド文化を世界中の観客に紹介しています。国が設立した機関として、IAMはポーランド文化や芸術に対する長期的な関心を育み、ポーランド人アーティストの国際舞台での存在感を高めています。革新的なプロジェクトを立ち上げ、国境を越えたコラボレーションを支援し、高い評価を得ているポーランド人クリエイターや新進気鋭のクリエイターをプロモーションすることで、ポーランドの文化の多様性と豊かさを紹介しています。また、ポーランド文化に関する総合的なオンラインリソースであるCulture.plの運営も行っています。
共催:茨木市 / アダム・ミツキェヴィッチ・インスティテュート
企画:One Art Project
ポーランド共和国文化・国家遺産省助成事業「2025年 大阪・関西万博(EXPO2025)開催期間の日本におけるポーランド文化促進プロジェクト」



